シンプル・イノベーション (Simple Innovation)

複雑で込み入った事象の単純化にトライ & 新しい発見を楽しむブログ by こうのすけ

お坊さんの説法で、冷や汗が出るくらい、苦しめられた件

本古来の茶道や華道には、

定められた作法というものがある。

作法とは、伝統という言葉に置き換えられよう。

同じように、葬式や法事にも一定の決まり事があり、

一連の流れに従って、儀式は粛々と進んでいく。 

お経が終わると、お坊主さんが説法することも、

そういった作法や伝統的な慣習なのであろうか。

 

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ある冬、私はある法事の席に着いていた。

私は元来身体が硬く、正座するのが苦手だった。

ものの5分も正座をしていると、

私の脚の感覚が失われ、むず痒くなってくる。

一端そのような状態になってしまえば、

膝を解いたとき、立つことも歩くこともままならず、

数分間はは畳みの上でのた打ち廻っている。

無様だし、みっともないので、私自身も本当は嫌なのだ。

しかし、こうなってしまっては如何ともし難く、

自分の脚に再び血が巡り、神経や細胞が生き返るのを

待つ外ないのだ。


その日、お経を勤め終えたあと、

坊主は参列者に向かって振り返り、

慇懃(いんぎん)に座り直すと説法を始めた。
(
坊主、坊主と書くのも気が引けるので以下Aと記す)

 

 

Aは伏せ目勝ちにして話すのだか、

小声というほどではなく、

後方の聴衆にも良く聞き取れるほどの声量ではあった。

ただ、残念ながら、いわゆるリズムなしの棒読みが続き、

内容的にも笑えるところが一つとしてなく、

私は早々にウンザリさせられた。

 


さらに悪いことには、Aの話しは余りにも長過ぎた。

しかも、私は正座だった。

途中で、脚を楽にできる雰囲気ではなかった。

私にとっては、何よりも辛い拷問に等しい。

 


10分、20分と、時は刻々と過ぎていく。

私の他にもモゾモゾしだす人が何人か出始めた。

30分を越えたあたりだったろうか?

私は脚の感覚をすでに失っていた。 

冬だったにもかかわらず、

冷や汗がひと筋・・・私の背中を伝って落ちるがわかった。

昔の人は、こんな場面でもジッと耐えてきたのだろうか?

子供達は、さすがにグズっていたが、

私以外の大人たちは誰もが行儀を崩さず、

辛うじて平静を保っている様子だった。

 


さっきからAは、仕切りに憂い、訴えていた。

我が国の「失われた10数年の惨状」について・・・。

バブル崩壊阪神淡路大震災オウム事件、少年の犯罪、

猟奇殺人、不況、倒産、自殺、などなど。 

だが、Aは世相を語っているだけだった。

雑誌や、ニュース番組で仕入れた情報を引用し、

列挙しているに過ぎない。

だから、Aの喋りには「迫力」も「説得力」も、それから、

「キレ」もまるでないのであった。

おまけに、話しに「オチ」というものがない。

まさに、無い〃〃ずくしであった。

 


おもむろに、Aは次のように説うた。

「この世の中、なかなか人の思うようにはなりません、

 だから、過分な欲望は抑えましょう」

これも、よく考えれば、意味不明の発言だ。

不意に、私の腹の中で笑いが突き上げてきた。 

それは、どこか毒気を含んだものだった。

 


オレはさっきからずっと願っている。 

Aさん、あんたの下手くそな説法が今すぐ止むことを。

世の中、なかなか思うようにならないって・・・? 

それだけは、賛成する。

あんたは、ちっとも説法を止めてくれない。

 


そう思って、諦めてみると、

(諦めたから、願いが通じたのだろうか?)

10分くらい経ってから、Aの最悪の説法は終了した。

 


その日集まった人達は、皆気のいい人達であった。

Aがその場を立ち去った後、我々は足を解き、

姿勢を楽にした。

そして、Aを非難する者は誰もいなかった。

もちろん、Aのことは笑いのネタにはなったが、

本気で怒る者などいなかった。

彼は悪い人ではない、と皆が理解していたと思うし、

実は、私もそうだったのだ。

 


Aの喋りは上手ではなかった(むしろ最低だった)にせよ、

高慢で偉ぶったところがなかった。

それが、唯一の救いであり、憎めないところだった。

 

 

ただ、次回の法事からは、

座布団ではなく、椅子が用意されるようになった。