シンプル・イノベーション (Simple Innovation)

複雑で込み入った事象の単純化にトライ & 新しい発見を楽しむブログ by こうのすけ

赤いアウディーの女、そして、勝負は一瞬でついた

凛音(リノン)は憂鬱な面持ちで、

母親が運転する赤いアウディーの助手席に乗り込んだ。

今日は、デパートに引き出物を選びに行く日だ。

彼女自身の結婚式が10カ月後に迫っていた。

だが、凛音はあまり気が進まなかった。

結婚ではなく、今日自分の母親とデパートに行くこと

に一抹の不安を抱いていた。

何事もなく、無事に済めばいいのだけれど・・・。

 

凛音は自分の母親が苦手であった。

いつも行く先々で、母親は問題を起こした。

コンビニで、学校で、楽しいはずの旅行先で、

必ずといっていいほど母親はクレームを付けるのだ。

凛音からすれば、極々些細なことにしか思えないの

だが、毎度、母親は烈火の如く怒りを爆発させた。

その場に居合わせた娘にとっては、

たまったものではない。

狂気に染まる母親の傍らにいる自分が恥ずかしく、

遣り切れない気持ちにさせられるのが常だった。

 

赤いアウディーは、駅前に向かっていた。

目的地のデパートの前に、駅前の銀行へ行くためだ。

引き出物を買うための現金を引き出すつもりだった。

 

イラストでいえば、左サイドに車を止めるスペースが

ある。 現金の引き出しや、買い物をする際には、

そこら辺りに、いつも車を留めていた。

だが、彼女らが乗る赤いアウディーからは、

進行方向が逆だった。

ここから、左側の駐車スペースへ車を留めるには、

大きくUターンしなければならない。

そこで、母親はイラストの右側に車を一時停車させ

Uターンのタイミングを窺っていた。

ちょうど、一台分の駐車スペースが空いている。

そこへ、駐車するつもりだった。

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しかし、あろうことか、そのスペースに、

別の青い車がスルスルと忍び寄り、

さっさと駐車させてしまったではないか。

凛音はすぐにわかった。

母親の闘争心に火が付いたことを。

母親は乱暴にUターンすると、

駐車した青い車のやや斜め下に車を横付けした。

 

 

その日、私は駅前の銀行に向かっていた。

ATMでお金を引き出すためだった。

できるだけ出費を減らしたいのはヤマヤマだが、

男のヤモメ生活では、外食費が高くつく。

おまけに、本好きな私としては、

どうしても本を買うために、お金を使ってしまう。

空になった財布を眺めると、

今度こそは、お金を大切に使おうなどと、

決意はするものの、お金を財布に一旦入れて

しまえば、やはり元の木阿弥になるのだ。

 

駅前に近づいてきて、私は駐車スペースを探した。

左側に空いているスペースがある。

そこへ車を留めるつもりだった。

だが、何がしか違和感があった。

どうも、右側の車線から、何者かがこちらを窺って

いる気配がする。

気のせいかと思いつつも、私は気に留めることはせず、

空いているスペースへ車を縦列駐車させた。

 

無事に駐車を終えると、私は車外へ出ようとした。

すると、その時、赤いアウディーが私の車へほぼ横付

する形で急停車した。 乱暴な運転だ。

アウディーのフロントガラスを見ると、

女の二人連れであった。

運転しているのは、やや年配の女。

助手席にいるのは、その娘と思われた。

 

母親の方が問題だった。

ハエの目のような大きなサングラスをした女だった。

アウディーの中から、しきりに私に向かって何かを

叫んでいる。

聞こえはしなかったが、その女は私に対して、

こう因縁を吹っかけているように思われた。

 

『アンタ、私が停めようとしていた場所に、

 先にナニ停めとんねん!!!』

 

だが、私は進行方向に沿って運転して来たのである。

そして、進行方向の左側に駐車スペースを見つけ、

自然な流れで車を留めたのだ。

逆方向から来た車に文句を言われる筋合いはない。

 

しかし、この母親の怒りは尋常ではなかった。

さも自分が正しいと云わんばかりに喚いている。

自分が正しいと信じて疑わない人間ほど、

やっかいなものはない。

コイツにモノの道理を説いても、

始まらないと直感した。

 

私は仕方がないと諦めて、車外へ一歩出た。

そして、女に向かって、ポーズを取った。

ガクンと両膝を折って、

どうぞポーズをしたのである。

私は車を移動するので、どうぞこの場所にあなたが

車をお留めくださいと・・・。

できるだけ、カワイク見えるポーズを取った。

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これは、優しさからではなかった。

断じて、違った。

むしろ、悪魔的といえた。

己の醜さをたっぷりと味わえ!

身につまされろ、

このバカヤロー、

という・・・。

 

実際、もしその場に大きな鏡があったなら、

その鏡を相手のフロントガラスに持って行き、

その女に自分の醜い顔が見えるようにしたかった

くらいだ。

 

 

凛音は見ていた。

男が膝をカクンと折って、どうぞポーズを取った

かと思うと、男はさっさと車に乗り込み、

そのままどこかへ行ってしまった。

男が場所を譲ってくれたことにも驚いたが、

驚いたのは、それでだけはなかった。

それは、自分の母親が黙ってしまったことだった。

あのウルサイ母親が一瞬で大人しくなったのだ。

こんな母親を見るのは初めてだった。

 

男が去った後、母親は譲ってくれたスペースに車を

入れた。 だが、動揺しているせいか、

何度もバックしては、切り替えし、

車を真っ直ぐ留めるのに時間を要した。

 

気がつくと、男が歩いて来るのが見えた。

別の場所に車を留め終えて、

何処かへ行くのであろう。

自分達が乗る車を通りすぎる際、

男はこちらに向かって軽く会釈した。

少し、笑ったように見えた。

母親は男の方を見なかった。

ずっと押し黙ったまま、視線を泳がせていた。

サングラスをしていても、

横から見れば、それは瞭然だった。

凛音は、母親が負けるのを初めて見た。

しかも、こんな短時間で━━━。

一瞬の出来事だった。

こんなこともあるのかと思った。