読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シンプル・イノベーション (Simple Innovation)

複雑で込み入った事象の単純化にトライ & 新しい発見を楽しむブログ by こうのすけ

世の中にはこんな人もいた・・・あまりに凄かった監督・仰木彬さん

f:id:otakebi13:20150510181934j:plain

写真は『Number』の最新号。

特集は『すては、野茂英雄からはじまった』。

記事を読んでみると、

野茂さんがメジャーに行った経緯や、

ドジャース入団後の意気込みなどが記されており、

当時のことが懐かしく思い出される。

 

また、野茂さんがメジャーリーガーになったのは、

1995のことである。

あの神戸淡路大震災、オウム事件があった年だ。

悲惨な出来事があった年に、

野茂さんがメジャーへ行った記憶が、

私の中ではなかった。

あの年はやはり特別な年だったのかもしれない。

 

野茂さんに続いて、多くの日本人プレーヤーが、

アメリカに渡ったのは周知の通り。

まさに、すべては、野茂さんから始まったのだ。

記事内では、野茂さん以外の日本人プレーヤーに

ついても言及がある。

ところで、日本のプロ野球から、

アメリカのメジャーリーがになった選手は何人い

るかご存知だろうか。

私は何となく、20名前後かと思っていた。

ところが、記事内で紹介されている選手を数えて

みると、なんと50名もいた。

(日本のプロ野球に所属せずに、メジャーリーガー

 になった選手を省く)

(また、メジャーに上がれず、マイナー選手で終わ

った選手は、あの江夏豊さんを含めると5名)

 

野茂さん以降、これだけ多くの日本人選手が、

海を渡ってプレーしたのだ。

野茂さんは新しい時代を造ったイノベーターでも

あったのであろう。

 

ところで、野茂さんとイチロー選手は、

共に故仰木監督の下でプレーしている。

両選手とも、仰木監督が生んだ最も優秀なプレーヤ

ーであろう。 

ところが、この二人以外にも、

仰木監督の教え子でメジャーリーがになった選手が

多くいる。 挙げるならば、吉井理人氏(元近鉄など)、

長谷川滋利氏(元オリックス)、田口壮氏(元オリッ

クス)、野村貴仁氏(元オリックス)、一年だけだが

中村紀洋氏(元近鉄など)・・・。

これだけの選手をメジャーに送り込んだ監督は、

恐らく、他にはいまい。

仰木彬(あきら)という人は、

特異な能力と才能ある監督だったと言えよう。

 

仰木さんの類稀なるエピソードは多く残されている。

曰く、某テレビ局の女性アナウンサーを口説いた話、

また、ホテルか、テレビ局だったかは忘れたが、

番長こと清原さんがトイレで用を足していると、

そこへ仰木さんがウイスキィーのグラス片手に

現れ、そのあまりの悠然とした態度に、

清原さんでさえ、タジタジとなったという。

 

そんな仰木さんと苦楽を共にし、

とても近い関係にあった一人に金村義明さんという

方がいる。 元近鉄(など)の選手であり、

今は野球解説者として活躍されている。

(関西では有名な方)

その金村さんが仰木さんとパ・リーグについての

本を上梓されている。

 

www.amazon.co.jp

 

この本の中から、仰木さんの凄さがよく伝わってく

る逸話を紹介してみたい。

 

 

かつて、近鉄にはラルフ・ブライアントという強打者

がいた。 1989年のシーズン終盤、

パ・リーグ優勝を決する西武とのダブルヘッダーで、

2試合を通じ4打数連続ホームランを放ちった男と

言えば、思い出す人も多いに違いない。

この4連発の本塁打が効いて、

仰木監督率いる近鉄を優勝へ導いた。

それほどの男が、仰木さんには“参った”した話だ。

 

2004年ごろと思われるが、

ブライアントはもうとっくに引退し、

すっかり中年のオヤジである。

仰木さんもオリックスの第一次監督を退いていた。

そんな二人と、金村さんとで、

日本でゴルフを楽しむ機会があった。

 

━━━季節は真夏。

日中は40度を超すかのような、

炎天下でのゴルフであったという。

前日は、三人で焼き肉を食べ、再会を祝った。

昔話に花が咲き、ビール、ワイン、焼酎をシコタマ

飲んだ。 その次の日、朝からのラウンド。

3人は完全に二日酔い状態であった。

 

仰木氏はスタート前にトイレで吐いていた。

ラウンドする前に毒気を抜くためかと思いきや、

すぐさま生ビールを2杯注文する仰木さん。

(1杯じゃないよ)

しかも、仰木さんは一気飲みしてみせたという。

 

それから、3名でプレー開始。

ハーフを終えたスコアは、

金村氏43、ブライアント氏44、それに対し、

仰木さんは42で廻ったという。

(このとき、仰木さんは御年69歳・汗)

そして、お昼の食事の際には、

仰木さんはまたもやビールを駆け付け3杯。

そのまま、いざ後半戦へ。

 

二日酔いと猛暑でバテる金村氏とブライアント氏

を尻目に、最終18番ホールでのこと。

ボールを先にグリーンに乗せた仰木さんが、

『おーい、まだか? 何モタモタしてんねんッ!』

と一喝。 悪戦苦闘している金村氏と、

ブライアント氏をグリーン上で待ちながら、

手持無沙汰からか、仰木さんは腕立て伏せを開始。

ひとり、筋トレに励んでいたという。

 

―――これには、あのブライアント氏をして、

『クレイジー、クレイジー、・・・』

を連発する外なかったとか。