読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シンプル・イノベーション (Simple Innovation)

複雑で込み入った事象の単純化にトライ & 新しい発見を楽しむブログ by こうのすけ

椎茸

停めてある車のタイヤの陰から、

子猫が顔を覗かせていた。

薄汚れて、毛並みに艶がなかった。

恐らく、人に飼われたことはあるまい。

天井のある部屋で、

ふかふかのクッションに絡まって眠ったり、

用意された食事にありついたことなど、

一度としてない境遇であった。

 

早朝、陽が昇り、腹が空くと、

いつものように、食堂の女将が戸を開けるのを

待っていた。 猫好きな女将は、時折、煮干し

など猫が食べるモノを篭に入れて、

扉の前に置いておくことがあった。

子猫はそれを狙っているのである。

店の扉が開かれると、女将が姿を現した。

両手で篭を支えていた。

篭の中には何かで一杯になっている。

女将はそれを店の道路脇に置き、

やおら空を見上げると、陽の陰り具合を確認した。

 

篭の中身は、ナマ椎茸であった。

日干しにして店で使うのか、

あるいは、野良猫へのプレゼントなのか、

判断が付きかねた。

窺っていた子猫は人通りがないことを確認すると、

タイヤの陰からヨタヨタと近寄って来た。

篭の中の焦げ茶色の物体の匂いを嗅いだ。

喰えそうな気もするが、

いかんせん、物体はナマである。

水分が十分に抜け切っておらず、

どうにも生臭くて適わない。

子猫はそれを食べていいものかどうか、

考えあぐねて固まってしまった。

 

そこへ、上空から黒い塊が飛来して来た。

カラスであった。

乱暴に篭に攻撃を加えるカラス。

ナマ椎茸は、そこかしこに散乱する。

子猫は驚いて跳び退いて、

そのまま路地裏へと姿を消した。

カラスは散乱した一つを咥え、

高い鉄塔を目指して悠々と飛び去っていった。

一瞬の出来事だった。

 

━━━通りには、人通りが増えていた。

通学通勤の時間帯であった。

一人の男が食堂の前を通りがかった。

道端に妙なモノが落ちていた。

焦げ茶のもの複数に、篭が一つ・・・

篭は別にして、その他のものに関しては、

男はそれをウンコだと思った。

あやうく踏みそうになったのを回避して、

男は安堵の溜息をついた。

朝っぱらから、ウンがついているやら、

いないのやら・・・それにしても、

不思議ではあった。 道端に、しかも、

朝の早い時間帯に、こんなにも多量のウンコが

落ちているものだろうか?

ウンコだとすれば、あの篭にはウンコが山盛り

になっていたのだろうか?

わざわざウンコを集めて篭に入れ、

それを道端に置く人がいるのだろうか? 

はたして、そんなことがあり得ようか?

 

だが、男はそれを自身の肉眼で確かめることは

しなかった。 散乱する焦げ茶の物体と篭を通

り越してから、胸中のみで詮索する男であった。

通勤途中の時間帯である。 男にとっては、

道端に落ちているモノの正体など、

最初からどうでもいいことだった。

 

━━━近くの、あるマンションの一室。

ベランダの手すりに、黒い物体が留まった。

黒い塊は何かを咥えていた。

塊はカァーと鳴くと、何かが落ちて、

それがベランダに転がった。

黒い塊は何事もなかったように、

羽を広げて飛び去った。

部屋の中で一部始終を見ていた幼い男の子が、

母親に向かって叫んだ。

 

『カラスがベランダに、何か落としていったよ』

 

母親は男の子を庇うようにして抱きかかえると、

ベランダに目を遣った。

黒ぽっいものが一つ転がっていた。

ウンコに思えた。

 

『お母さん、汚いものが苦手なの。

 お願いだから、片付けて!』

 

それが汚いものなのかどうか、

男の子には判断しかねた。

ただ、得体の知れないものには違いなかった。

しかし、怯える母親のために、

ここはひとづ、一肌脱いでみる気になった。

カラスはもう飛び去っていたから、

とりたてて危険はないように思えた。

男の子は部屋にあるティッシュを3枚取って、

ベランダに出た。

黒っぽいカケラのようなものが見えた。

そいつを思い切って掴むと、

それが何かも確認せず、そのままベランダの外へ

投げ捨てた。 ティッシュの紙がひらひら舞った。

カケラは隣のマンションとの隙間の空間に、

音もなく落ち、視界から消えていった。

 

━━━子猫は眠りかけているところだった。

朝方、餌にありつけなかった子猫は、

路地裏でふて寝を決め込んでいた。

ふいに、上から何かが落ちてきた。

ペシャッと鈍い音がした。

近づいて、匂いを嗅いでみると、

それは、椎茸のように思えた。

早朝、喰い損ねたヤツだろうか?

それが空から降ってきたとすれば、

猫にとってはラッキーの一言だ。

しかも、朝方、喰いそこなった椎茸は、

水分を含んだナマの状態であったが、

今落ちてきたものはだいぶ乾燥しているよう

に見える。

このまま暫く放置して、さらに水分を抜けば、

立派な餌となりそうだ。

その時には、遠慮なくコイツを喰ってやる。

猫はそのつもりで、餌を両手で転がして遊んだ。

 

f:id:otakebi13:20150613165233j:plain