シンプル・イノベーション (Simple Innovation)

複雑で込み入った事象の単純化にトライ & 新しい発見を楽しむブログ by こうのすけ

棄てた夢に投げかけた言葉

正月明け早々、男は始末書を携えて、

某県某市に来ていた。

クレーム処理のためだった。

この街の寒さは尋常ではないことは、

以前出張した際に、身に染みて知っていた。

やはり、関西とは違うのだ。

今回の訪問では、顧客の怒りに耐え、しかも、

顧客には用意した解決案に納得してもらわねばならい。

その責任と重圧が、男の身を一層凍らせていた。

 

辺りには、降り積もった雪が多く残っていた。

男は雪に脚を取られないように、

駅前の道を慎重に歩いた。

すると、どこからともなく、

アコースティック・ギターの音色が耳に届いた。

それは、スピーカーから流れる音ではなく、

実際に生で演奏している生きたサウンドだった。

 

注意深く辺りを見渡すと、

地下通路へと続く階段が目に留まった。

どうやら、ギターの音色は地下から届いているよう

であった。 ギターに加え、若い男が歌うらしい歌声

も聴こえてくる。 かなり上手い方だと男は感じた。

よく声が伸びている。 そんな印象を持ちながら、

男は仕事の目的を果たすため、一旦その場を離れた。

 

再び戻って来た男は、地下に降りてみることにした。

流石に腹が減っていた。

地下街で、適当なものを食べるつもりだった。

階段を下りると、そこは通路しかなかった。

店舗や食堂もない。

当然ながら、暖房もなかった。

 

そういう寒々とした殺風景な場所で、

若い男が一人、地べたに腰を降ろしていた。

ギターを小脇に抱えながら・・・。

男は驚いて、彼を見た。

まだ、演っていたのか・・・。

 

ギター弾きの前には、ギャラリーが二人いた。

どちらも、若い女性だった。

ギター弾きは、ジャンとコードを鳴らした後、

たった二人のギャラリーに向かって歌い始めた。

男はそのまま通り過ぎようと思ったが、

思わず脚を止めてしまった。

演奏されている曲に聴き覚えがあったからだ。

 

あの、吉本のサングラスをかけた芸人が歌う、

 

「オレのブルースを聴きたいか・・・

 ナントカ・イズ・フリーダム・・・」という歌。

 

少し前に、お笑い番組でよく聴いた曲だった。

そして、今ギター弾きがこの歌の山場である、

ジャジャジャジャジャジャジャッ!ときて、

最後のオチを叫ぶ寸前、

歌を聴いていた男は可笑しくなって、

思わず吹き出してしまった。

 

遠く関西を離れたこの街に来て、

まさかこの曲を生で聴くことになろうとは・・・。

それが妙に滑稽に思えて、笑ってしまったのだ。

 

男が笑い声を上げたので、

若いギター弾きはオチを歌い切ることなく、

演奏を途中で止めてしまった。

 

男は悪いことをしたと思い後悔した。

決して、馬鹿にして笑ったのではない。

そのことを伝えたくて、男の口から言葉が出た。

 

「お、大阪から来たんで・・・」

 

すると、女性ギャラリーの一人が、

 

「あっ、そっか、大阪から来たから・・・なんだ」

 

と言って笑った。

なかなか、カンのいい女性である。

どうやら、わかってくれたようだ。

 

安堵した男は歩き出そうとした。

そのまま真っ直ぐ行けば、

駅へと向かう正面の階段があるはずだった。

しかし、何かが男の動きを引き止めた。

 

男は振り返って、若いギター弾きに声を掛けた。

 

「がんばってください!」

 

その言葉を言わせたのは、

地下通路とはいえ、この強烈な寒さのさ中で、

ギターで歌う若者のためだけではなかった。

今では中年となり、男は営業職に就いている。

しかし、彼自身も若い頃にはギターを弾き、

歌も歌った人間だった。

 

中年男が最後に投げかけた言葉・・・。

それは、若かった頃の自分に対して、

思わず口にしたエールにも似た感情だった。

 

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(そのときの街の風景)