シンプル・イノベーション (Simple Innovation)

複雑で込み入った事象の単純化にトライ & 新しい発見を楽しむブログ by こうのすけ

女王蜂にシツコクされて、三度も悲鳴を上げた男

<プロローグ>

 ある日の昼下がり、蜂が一匹、中空を彷徨っていた。
人街の雑踏の中、しかも、

駅前のコインパーキングあたりといえば、

この種の生き物の生態を考えると、
ずいぶんと場違いな感があった。
蜂の体長は3cmほどもあろうか、
街中でこれほど大きな蜂と出会うことは滅多にあるまい。
大きさから推測すると、この蜂は女王蜂と見える。
身体の紋様からも、高貴な威厳ようなものが感じられた。
だが、女王蜂の飛び方には優雅さがなかった。
もっといえば、疲れ切っているように見える。
その理由は、誰にもわかるまいが、
ただ、なんらかの悲劇が女王蜂の身の上と、
彼女を必要とする一族にも振りかかったのかも
しれなかった。


このあたりに生息する蜂にとっては、ちょうど今ごろ、
女王蜂が冬眠から覚める時期になるらしい。
冬眠から覚めると、女王蜂は森へと飛んで行き、
将来の活動のための巣作りの準備作業をするという。
しかしながら、コインパーキングの中空を力なく飛んで
いたこの女王蜂は、もはや失速寸前の体であった。
まるで、休息の場所を求めるようにして、
駐車場の出口に設置されている精算機に向かって、
女王蜂はふらふらと降下し始めたのだ。
その姿を目測で追っていた人間は、
恐らく、誰もいなかったであろう。

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━━━その日、昼食を済ませた私は、
停めてあった車があるパーキングへと歩いていた。
ゴールデンウィークも今日で最終日。
溜まっていた仕事を処理するためには、
今日一日しか残されていない。
自分に気合いを入れるために、
少しスタミナのあるものを食べた後だった。
太陽も顔をのぞかせ始め、
幸先のよい午後のスタートが切れそうだった。


車に乗り込んで、私は出口のゲートへと向かう。
駐車券を精算機に挿入した後に、
表示された金額分の硬貨を投入しさえすれば、
私は駐車場の圏外へと車を進めることができる。
そんなことは、何度もやり慣れた行為のはずだった。


駐車券を入れると、いつものように、
私の支払金額は200円と表示された。
この界隈では、妥当な価格であろう。
私はなんの疑問も抱かずに、
100円玉2枚を精算機のコイン投入口に押し込んだ。
しかしながら、あろうことか、
精算機は100円が不足していると認識したようだ。
もう一枚100円玉を入れよと機械は冷たく催促する。
当然のことながら、ゲートも上に上がらない。

「オレは、たしかに200円を入れたはずだ」

と胸中で呟いてみても埒が明かない。
だが、手持ちの100円玉はもうなかった。
千円札ならあるにはあったが、どうも釈然としない。
それでも、、時間が惜しいのと、
いつまでも迷っていては、やはり大人げない。
仕方がないので、覚悟を決めて、
私は千円札を機械に挿入することにした。
ところが・・・。


札を入れる投入口のところに、
体長5cmほどもある、
巨大な蜂がいたのである━━━。
私はその蜂特有の黄色と黒の模様を発見したとき、
私は「ギャーッ!」と叫んでいた。
それに、コイツの黄色は、
オレンジ色に近く、それと黒とのコントラストが、
何とも毒々しい。
そいつが、わざわざ札の投入口前に留まっていたのだ。


私は、この状況をどう乗り切るべきか思案した。
幸いにも、私の車の後続はまだなかった。
だから、まだ余裕はあったとはいえ、
早くコイツをどうにかしないといけない状況には変わり
なかった。
私は、車の室内掃除に使っている、
ひもが何本もぶら下がったようなホコリ捕りを使って、
蜂を追い払う作戦に出ることにした。
これで、蜂を叩けば、ヘンに蜂を刺激することなく、
簡単に蜂を追い払えるだろうと考えたのだ。
早速、私はトライしてみた。


ホコリ捕りを一振りすると、蜂は私の視界から消えた。
ヤレヤレ、ひと安心である。
私は安堵して、千円札を投入してみた。
すると、おつりは900円が戻ってきたから、
100円だけ私は多く払ったことになる。
だが、そんなことは大した問題ではなかった。
ともかく、蜂に刺されずに済んだのだ。
ラッキーと考えてしかるべきだった。


それから、3分ほど車を走らせたであろうか。
コンビニの前に車を停めて、
私は買い物をしようとしたそのときだった。
助手席に置いていた私のカバンを掴むと、
ヘンなものを私の目線が捉えたのだ。
カバンの右上に、な、な、な、なんと、
先ほど追い払ったはずの巨大な蜂が、
カバンの取っ手付近をモゾモゾと動いているではないか!
この瞬間、私はまたもや「ギャーッ!」と叫んでいた。


きっと、蜂はホコリ捕りに引っ掛かったまま、
車の中に潜入したのである。
そうして、蜂はモゾモゾと動き、
私のカバンへと移動した・・・。
そうとも知らず私は、なんとも間が抜けている。


さすがに私は焦った。
焦ったというよりは、パニックに陥った。
それでも、私という人間は、
なんてエエ格好をしたがるのだろうか?
つまり、ギャラリーがいるコンビニの前で、
蜂と格闘している自分を晒したくない一心で、
誰もいない空間を求め、そこまで蜂を乗せたまま、
車を移動させようとしたのである。
だが、車中、私は極度に緊張していた。
蜂が興奮して、私を襲ってこないか、
と気が気でなかったのだ。

 

適当な場所を見つけると、
(それでも、周りに通行人はいたが)
私は車を停車させると、ドアを開け、
そこから、カバンごと車外へ放り投げた。
だが、ここからが、蜂との最終決戦だった。
なんとか、蜂とカバンとを分け隔て、
蜂には快く何処かへ飛んで行ってもらわねばならない。
だから、今度は、ホコリ捕りとは違う武器を使って対処
すべきだと考えていた。
もっと、ツルツルで滑りやすい材質の何かで、
蜂をはたくべきだと・・・。
そうして、私はフロントガラスの内側で使う、
日除けのアルミ製のアコーディオン(と呼ぶのか?)を
使おうと決断した。

 

私は車外へ出て、
アルミ製のアコーディオンを束ねて板状にし、

道路に投げ出されたカバンと蜂に対峙した。

アコーディオンを握りしめ、意を決し、

カバンにはり付いている蜂を軽くはたいてみた。
蜂の姿は、視界から簡単に消えた。
こんどこそ、やれやれである。
悪夢はもう終わったのだ。
だが、前のこともあるから、一抹の不安がよぎる。
確認の意味で、おもむろに、
アコーディオンの裏側を覗いてみる私であった。
その瞬間、またしても私は「ギャーッ!」と叫んでいた。
そこに、ヤツはまだいたからである。


もう、条件反射だった。
ラグビーボールを横パスするように、
アコーディオンを道路の中央に向けて放り投げていた。
通行人の何人かにはしっかり見られただろう。
だが、そんなことは、もう気にならなかった。
蜂がアコーディオンから離れて、
ふらふらと中空を漂ったのが見えた。
ようやく、本当に解放された瞬間だった。


━━━女王蜂は、恐らく、休息を必要としていたのだ。
方向感覚を失い、、目的地も知らぬまま、
フラフラと飛び続けてきた。
他者から攻撃を受けた場合、ひとたまりもないのは、
むしろ女王蜂の方であった。
ところが、女王蜂が迷い込んだ車を運転していた男は、
極度の小心者であった。
屈強な男どもならば、
蜂など蹴散らして捨てるだけだったであろう。
偶然にも、気の弱い男が運転する車に乗り合わせたのが
幸いしたようである。
少なくとも、女王蜂は難を逃れ、
再び自分の力で飛ぶことができたのだ。
この先、たとえ死が待ち受けていようとも、
女王蜂は確かにいま、
束の間の自由を我がものにしていた。

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