後にも先にもこれっきゃない、一度っきりの” ゾーン ”に入った話
さて、昨日に続いて、剣道の話です。
私は小学5年の夏くらいから、
剣道道場へ通いました。
それなりに腕を上げ、6年の秋頃には、
実力的に4番手といえるくらい強くなりました。
序列として示せば、次のようになります。
1位:S(昨日書いた天才剣士)
2位:M
3位:名前、忘れた(笑)
4位:オレ
そういった中で、道場内で大会が催されました。
私にとっては、最後の試合です。
1位のSがあまりに強くて、私は剣道を続ける気力
を失い、この大会を最後に道場を去るつもりで臨ん
だ試合でした。
1位のSは、準決勝で2位のMと当たり、
順当にMを下し勝ち上がりました。
4位の私は、3位の名前忘れたさんと準決勝を戦う
ことになりました。
相手の氏名不詳さんは、
実力では私より勝っていました。
普段の練習で、それはわかっておりました。
ですから、勝ってやろうなどという強い意志などは
全くない状態でした。
そのせいか、相手に1本取られました。
しかし、たまたまだとは思いますが、
私も一本を獲り返し、
試合は1対1のイーブンとなりました。
問題の三本目、どちらも決め手を欠き、
試合はもつれ、長期戦となりました。
経験者ならわかることながら、
剣道の面を付けて、長く試合をしていると、
暑さで頭がボーッとしてきます。
意識が遠のく感じです。
やおら、篭手(こて)を打ち込む私━━━。
ところが、空振りしてしまい、勢い余って、
前のめりに、つんのめってしまいました。
私の頭は前方に垂れ、
両腕もダランと下がった格好です。
竹刀は、左手だけで辛うじて握っていました。
もう完全な「スキ有り」の状態でした。
しかも、相手は、私に面を打とうとしていて、
竹刀を上段に構えていました。
そのまま、竹刀を振りおろせば、
私の面を簡単に打てたはずでした。
ヤバイ、もう負けた・・・と私は観念しました。
ところが、なぜか、相手の反応が鈍い。
絶好のチャンスのはずなのに、
相手は何故か打ち込んで来ない。
目の錯覚かもしれませんが、正直に言えば、
相手の動きがスローモーションのように、
いたく緩慢に見えたのです
相手の竹刀が打ち下ろされようという刹那、
私は相手の左胴を打ち、
彼の後方へ駆け抜けていました。
「一本!」
審判は旗を上げ、私の勝ちを宣告しました。
今のは何だ・・・?
相手の動きがスローモーションで見えた?
その一連の流れの中で、
私だけが速く動いたような感覚・・・。
こんな気色の悪い体験は、後にも先にも一度っきり。
勝った喜びよりは、不気味さだけが残ったのです。
決勝は、序列1位のSと闘いました。
この時の私には、気力もエネルギーもありません。
意識は朦朧とし、足が地に(道場の床に)付いてい
ない感じでした。
試合は1分も持たず負けてしまいました。
この時は、逆に、相手の動きがまったく見えません。
Sの動きは、まるで“早送り”のようでした。
これでは勝負になりません。
私が持つ竹刀は、Sにかすりもせず、
わずか1分の間に、二本獲られての完敗でした。
決勝だというのに、こんな無様な負け方をして、
かえって気持ちがスッキリしました。
剣道はもうやめる。
金輪際やめる。
スローモーション体験なんて、
俺には必要ない・・・そういう想いでした。